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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)2955号 判決

原告 佐薙要

原告 佐薙摂子

右原告両名訴訟代理人弁護士 山口幾次郎

被告 大島真佐子

〈ほか二名〉

右被告三名訴訟代理人弁護士 児玉憲夫

被告 大阪府

右代表者知事 左藤義詮

右訴訟代理人弁護士 萩原潤三

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、原告ら

被告らは各自、原告佐薙要に対し金二〇〇万円、同佐薙摂子に対し金二〇〇万円、および各これに対する昭和四一年一一月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告ら

主文同旨

の判決を求める。

第二、当事者の主張

一、原告らの請求原因

(一)(1)  原告らは訴外亡佐薙久美子(昭和二五年一月一一日生)の実父母である。

(2)  被告大島真佐子は同大島正夫、同大島須美子の二女(昭和二四年六月二三日生)である。

(3)  被告大阪府は大阪府枚方市禁野に府立枚方高等学校を設置しその管理をしているものであって、又同校職員の使用者である。

(二)  昭和四一年一一月一九日(土曜日)午後二時ごろ、同校二年生であった訴外亡佐薙久美子、被告大島真佐子ら生徒一六名ばかりが、同校鉄筋コンクリート三階建二号館校舎屋上において、学校当局の許可を得てマットで前倒などの体操の練習をしていたところ、平素いたずら好きの被告大島真佐子が、無法にも疲れて休憩していた右亡訴外人の両足から運動靴をとり上げたうえ、これを同屋上周囲に張りめぐらされている高さ約一・三〇米の鉄柵を乗り越えて屋上塔屋の窓のところに隠したので、同訴外人がこれを取戻すべく、右鉄柵の外に出て幅約六〇糎のコンクリート溝上を進んだところ、隠し終えて右ひさし上を戻って来る被告大島真佐子とすれ違う際、いたずらをたしなめる意味で同被告の肩を軽く叩いたのであるが、同被告がこれに対し叩き返したか突いたかしたため、同訴外人はそのまま約一二米下の校庭に転落し、同日午後二時四五分ごろ枚方市伊加賀東町二番二一号協立病院において骨盤骨折による内出血およびショックにより死亡するに至った。

(三)(1)  右のように同訴外人死亡の直接原因は被告大島真佐子の故意又は重大な過失によるものである。

(2)  又、被告大島正夫、同大島須美子は被告大島真佐子の親権者であり、平素いたずら好きである同被告に対し右のような加害行為のないよう監督すべき法定の義務があるところ、その監督指導を怠った不注意により右のような結果を招来したものである。

(3)  更に被告大阪府は、

(イ) 国家賠償法第一条第一項に基き責任を負うべきものである。

本件事故は公権力の行使に当る大阪府教育委員会委員、教育長等および大阪府立枚方高等学校教職員の過失により発生したものである。即ち、同校においては平素生徒が校舎屋上鉄柵外に出て腰かけ、足をぶらつかせつつ弁当を喰べる様な事例は公知の事実であり、いつかは本件のような事故が発生するであろう事は充分予想しえた筈であるのに、同校職員は平素から生徒が鉄柵外に出て転落事故を起さないよう指導監督すべき義務があり、大阪府教育委員会教育長ないし教育委員も右指導監督すべき義務があるのにこれを怠った結果本件事故が発生したものである。そして、体育テストが間近いため、学校の許可と承認の下に土曜日の放課後における多数生徒の体育練習は仮りに体育の教師がその場に居合せなくても授業の延長であって公立学校教育に該当し、これは公の性質を持つ(教育基本法第六条参照)から、公権力の行使に当るというべきである。

(ロ) 仮りにそうでないとしても国家賠償法第二条第一項の責任を負うべきものである。

生徒が校舎屋上鉄柵に出て弁当を喰べる等の行動は凡そ高等学校では充分ありうることであるから鉄柵ないし鉄柵外の構造設備はただ単に建築基準法施行細則等法令に合致している丈では足りず、右平素の生徒の行動などと対照することによってその外に出られないよう、又鉄柵外に出て屋上から転落しないよう充分な構造設備をするべきであるのにこれが放置されていたから営造物の設置又は管理に瑕疵があったといえる。

(ハ) 仮りにそうでないとしても民法第七一五条の責任を負うべきものである。

右枚方高等学校の職員殊に体育担当教諭としては、いたずら盛りの生徒が土曜日の午後屋上で体育の練習をし、しかも平素生徒が鉄柵外に出ていたずらをするのを知っていれば、いつかは本件のような事故が発生するであろうことを予想しえたはずであるから、右職員が単にマット使用を許可する他は何ら指導監督をしないで漫然無関心にこれを放置し本件事故を招来した事は教育公務員としての過失というべきである。そして被告大阪府は右教育公務員の使用者であるから当然使用者としての責に任ずべきである。

よって、被告大島真佐子は直接の加害者として、被告大島正夫、同大島須美子は監督義務懈怠者として、被告大阪府は監督義務懈怠者もしくは工作物設置保存の瑕疵責任者として、訴外亡佐薙久美子の死亡につき各自連帯して損害賠償の責に任ずべきものである。

(四)  本件事故で右訴外人を失ったことにより原告らの蒙った慰藉料は各々金二〇〇万円であるとするのが相当である。

原告らはその一人子である右訴外人の余りにも無残な死に方のため、死にまさる苦悩を刻み込まれ、涙の落ちない日は一日といえどもない状態であり、且つ又原告らにはもはや新しく子供を授かる見込は全然なく、終生この苦悩の治癒されることはない。

しかるに被告らは悪かったとか手落ちがあったとかの一言をも発せず、まるで勝手に自殺でもした如き冷然たる態度をとっているのであって、原告としては黙認できないところである。

よって右慰藉料の支払を求めるため本訴に及ぶ次第である。

二、被告大島真佐子、同大島正夫、同大島須美子の答弁および抗弁

(答弁)

(一) 請求原因(一)項を認める。同(二)項のうち、被告大島真佐子が平素いたずら好きであること、屋上鉄柵外のコンクリートひさしが幅約六〇糎であること、訴外亡佐薙久美子が同被告の肩を叩いたのに対し同被告が叩き返したかついたかしたため同訴外人が転落したとの点を否認し、その余を認める。同(三)項はすべて争う。殊に同被告は本件事故時満一七才であったから充分責任能力はあり、しかも学校内での行動につき親権者に監督指導義務はないから、被告大島正夫、同大島須美子に責任はない。同(四)項のうち原告らがその一人子を失ったことは認めるが、被告らが悪かったとか手落であったとかの一言も発せず冷然たる態度をとった点は否認する。慰藉料額は争う。その余は知らない。

(二) 本件事故当日枚方高等学校二年八組の女子生徒は来るべき体操の試験に備え土曜日の放課後を利用して回転体操等の練習をすることとなり、午後零時三〇分ごろ体育教官山崎教諭に届出、女子の佐野教諭等の許可を得てマットを三枚借用し、屋上の塔屋西側に敷いて練習に入った。練習者は最初は少人数であったが、順次参加者が増し、事故時には総数一一名であった。

ひととおり練習をした後生徒達は休息に入ったが、その際被告大島真佐子は別紙図面(一)(甲)の位置に西南を向いて坐り、(乙)の位置に東を向いて足を投げ出して坐った訴外亡佐薙久美子と向いあう恰好となった。

ところがこの休憩中お互いに談笑しているあいだに同被告がいたずらから同訴外人の運動靴を脱ぎとり、これを同図面鉄柵(A)部分を越えて外囲いと内囲いの間の溝におり、そこを東に歩き塔屋にある窓(丙)においたのである。

同被告としては、当初は同所に靴をおく気持はなくそのまま溝上を東に進み東側から再び鉄柵を越えて屋上に入るつもりであったが、東側屋上では男子生徒が剣道の練習をしていたので邪魔になると思い、右(丙)の処に靴をおき再び前記溝を引き返して同図面鉄柵(B)部分から屋上に入るべく溝の南側壁面すなわち前記内囲いのコンクリート台に立ったのである。その時靴を持ち逃げされた同訴外人が自ら右(丙)におかれた靴をとりに行くべく、右(B)で南を向いて鉄柵を持っている同被告の右腕を軽く叩いて溝におり、ついで同被告の後の溝を通って東に進んで行こうとして同被告の後ろに来たころ、再度同被告の臀部あたりを一回叩きそのまま東に進んだが、一寸行った処でふらふらとして肩の辺から落下していったのである。

このように同訴外人が同被告を叩いたときこれに対して叩き返したとか突いたことは全くないのである。

(1) ところで、過失責任が認められるためには被告大島真佐子に結果予見義務がなければならず、この予見義務は通常人としての予見可能性を前提とする。そしてその判断にあたっては第一に同被告が鉄柵外に出ることが同被告において又同被告を含む枚方高等学校生徒の行動において特異な事柄であったかどうかが問題とされねばならない。

同校においては男子生徒が鉄柵外に出ることは往々存在していたのであり、又女子生徒においても通常服のときは格別、本件事故時のようにトレイニングパンツをはいている時等は以前にも存在したのであって、同被告自身当日本件事故時以前にも一度鉄柵外に出ているのである。そして学校側においても生徒の常識に委せて特段禁止乃至注意は与えていなかったのである。

従って同被告としては鉄柵外に出ること自体は格別特異な事柄ではなく通常人ならそのような場所では注意をすることにより自身にとっても第三者にとっても決して転落に結びつくものではないと考えていたのである。

(2) 第二に鉄柵を越えて内囲い台上あるいはその外側の溝に出ることが普通転落する程危険であるかどうかが問題となる。

外囲いから地上までは約一一・七五米あって確かに同所より地上を見ると一種の恐怖感はあるが、その構造は別紙図面(二)のとおり幅が鉄柵外において一・三五米もあり、且つ内囲いの外側には幅五二糎、高さ四三糎の溝(右溝の外壁は幅二〇糎のコンクリート外囲いになっている)があるから、その中を歩けば充分歩行は可能である。そして万一仮りに体が動揺したとしても右溝にしゃがむか臥すならば転落の危険は避けられるのである。

(3) 第三に以上の事実を前提として問題は同被告が靴を鉄柵外の(丙)においたことにより第三者が(イ)その靴をとりに行き(ロ)その際必らず転落し(ハ)転落したら死亡するか又は重傷を負うということが通常生徒の判断で予見できるということでなければならない。

しかし本件においては前記のとおり右(ロ)(ハ)は考えられず、又(イ)も同被告にとって予測外だったのであっていずれも否定的に解せざるを得ない。従って予見可能性がなく予見義務がないから過失責任はない。

(三) 又同被告が靴を(丙)の場所においたことと同訴外人の死亡との間には相当因果関係がない。

同被告は同訴外人が鉄柵外に出る一の動機を造り出したにすぎず、鉄柵外に出ること自体は全く同訴外人の自由な行動であり、且つ鉄柵外に出たことと転落の間には同訴外人の過失も伺われるからである。

(抗弁)

仮りに被告らに過失責任が認められるとしても同訴外人にも鉄柵をこえて出たこと、およびその後の処置に適正を欠いている過失があるので損害額の算定につき、これをしんしゃくすべきである。

三、被告大阪府の答弁および抗弁

(答弁)

(一)、請求原因(一)項(1)の事実、同項(3)のうち被告大阪府が枚方高等学校を設立管理していること、同(二)項のうち原告主張の日時場所において同校二年生であった訴外亡佐薙久美子の死亡事故が発生したことは認める。同(三)項(3)のうち生徒が従来より鉄柵外へ乗り越えていたことは知らない。その余はすべて争う。

(二)、事故当日(土曜日)放課後の午後一時三〇分ごろ同校二年生の女子生徒一〇余名は運動服を着用してマット上の回転運動につき自発的自習をすべく、マット使用の許可を女子教員に得て同校二号館校舎屋上へ右マットを持出して自習を始めたところ、午後二時前ごろに至り相被告大島真佐子がマットより離れて寝転び休息中、偶々訴外亡佐薙久美子が傍に来て休息したところ、同被告はいたずらから同訴外人の両足より運動靴を抜きとり、これを持ちながら直ちに同屋上北側鉄柵(高さ約一・三〇米)を乗り越え溝上(幅約五五糎)に出てそのまま東に進み屋上塔屋北側窓四個の内三個目の窓中に右運動靴を隠した。同訴外人はこれを取戻すべく右鉄柵を乗り越えて右溝上に出て東進する際同溝上を引き返す同被告と相触れ押し合う機会に、同訴外人が誤って重心を失い直接地上へ墜落死亡するに至ったものである。

凡そ公立高等学校の校長又は教員等はその地位権限および義務に照らし、且つ高校生徒の事理弁識能力と同生徒との接触場面とを考慮すれば、親権者のように生徒の全生活関係に亘り監督義務を負担するものではなく、その特定生活関係即ち学校における教育活動およびこれに随伴する活動についてのみ監督義務を負担するというべく、生徒の不法行為についての責任も学校において通常発生することが予測しうるような行為に限られるべきものである。即ち本件事故発生の時点は土曜日の放課後であるのみならず、本件回転運動は生徒の自発的自習であって正規の教課又はクラブ活動ではなかったのであるから、関係教諭からマット使用の許可が与えられたとしても、高校生徒に対する校長又は教諭の学校教育上の監督責任の範囲外に属する。況んや本件事故は右回転運動とは全く無関係である生徒の個人的いたずらに原因しているのみならず、被害者自ら屋上の鉄柵を乗り越えてその外側の溝上に立つという反則を犯し、且つ通常人の当然予見しうる危険をあえてした結果、自己の不注意によって墜落死したものであるから、高校当局の監督範囲を遙かに逸脱しており公権力の行使にも当らない。

(三)、建築基準法施行細則第一二六条によれば鉄柵の高さは最少限度一・一〇米と規定されているが、本件鉄柵はその高さ一・三〇米の鉄骨格子作りであって何ら設置保存上の瑕疵はない。これを故意に乗り越える生徒をも物理的に防止すべき設備を求めるのは高校々舎を牢嶽のように強固にすべしというに等しい。

(四)、公立高等学校の校長教員の任命および身分取扱いを行うのは訴外大阪府教育委員会であって、被告大阪府は何らその権限を有しないから民法第七一五条の適用はその前提を欠く。

(抗弁)

(一) 被告大阪府としては大阪府教育委員会において従来連年に亘り各府立学校に対して事故防止に注意すべき旨を反覆訓達しており、現に本件事故の直前である昭和四一年六月にも詳細な注意事項の冊子を配布し、学校教育上の監督につき相当の注意を行っていた。

(二) 仮りに被告大阪府が本件事故について責任を負うべきであるとしても、(イ)運動靴を隠した本件屋上塔屋窓は塔屋の内部階段の踊り場真上に位置し、約一・五〇米の高さであるから、生徒自らもこの内部より安全且つ容易に取戻しうる情況にあったこと、又(ロ)直ちに教員又は友人らに申出で、その助力を得て取戻す余裕も充分にあったこと等の事実に照らし、被害者である訴外亡佐薙久美子の行動としては弁識能力を充分に具備し且つ家庭における日常の躾上からもかかる危険は暴挙を速断して事故を招いた重大な過失があるので、この過失は損害額の算定につきしんしゃくされるべきである。

四、被告らの抗弁に対する原告らの答弁全て争う。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告らが訴外亡佐薙久美子(昭和二五年一月一一日生)の実父母であり、被告大島真佐子が同大島正夫、同大島須美子の二女(昭和二四年六月二三日生)であること、被告大阪府が同府立枚方高等学校を設立管理していることは各当事者間に争がない。

二、本件事故の発生について。

昭和四一年一一月一九日(土曜日)午後二時ごろ、当時大阪府立枚方高等学校二年生であった右訴外人、被告大島真佐子ら十数名の生徒が同校鉄筋コンクリート三階建二号館校舎屋上(以下校舎屋上という)において、マットを敷き体操の練習をしていたところ、同被告が同屋上で休憩中の同訴外人の両足から運動靴をとり上げたうえ、これを同屋上周囲に張りめぐらされている柵を乗り越えて屋上塔屋の窓に隠したこと、同訴外人がこれを取戻すべく右鉄柵外に出たところ、途中で同訴外人が鉄柵外から校庭に転落したことは当事者間に争がなく、そのため同訴外人は同日午後二時四五分ごろ大阪府枚方市伊加賀東町二番二一号協立病院において骨盤骨折による内出血およびショックにより死亡するに至ったことは被告大阪府は明らかに争わないので自白したものとみなしその余の当事者間に争がない。

三、そこで右事故の発生が被告大島真佐子の故意又は過失による行為に基くかどうか判断する。

凡そ行為者に過失ありとされるためには損害発生の可能性、即ち行為の際行為者が認識した事情並びに通常人ならば認識しえた事情を基礎として、その行為が一般的に同様の結果である損害を生じうる可能性があり、それが行為者にとって予見可能であることが必要である。けだし行為の際行為者にとって異常な経過を辿って生ずる結果については凡そ始めから予見することは不可能であって、しかも右の予見が不可能であればたとえ予期せない結果が発生したとしてもその結果につきこれを回避する措置に出るべきであったと責めるわけにゆかないからである。

これを本件についてみるに、≪証拠省略≫によると、校舎屋上鉄柵外部分の構造は別紙図面(二)のとおりであって、殊に危険防止の為に設置された高さ約一・三〇米の鉄柵を乗り越えれば幅約五〇糎の内囲いがあり、その外側には、内囲いからの深さ約六八糎の溝があり、その溝幅は約五二糎ありその溝の外壁が外囲いとなっている。そして溝上は一人では可成りの余裕をもって通行しうる幅はあるけれども二人並向して歩くか対向してすれ違う際は幾分窮窟な程度であり、しかも外囲いの高さは溝の底より約四二糎でその幅(厚さ)は二〇糎で、右外囲いの高さは通常人のひざないし大たい部迄の高さであることが認められる。従って右のような事情の下では鉄柵外に出た者は溝上で二人並向して歩いたり、対向して来る人とすれ違うなどした際や、鉄柵外において内囲い上や溝上で叩き合うか肩を突くかして悪戯をする際には平衡を失い、せいぜい通常人のひざないし大たい部位の高さしかない外囲いより足を踏み外すなどして転落する事も稀有の事ではなく場合によればそのようなこともあり得るといわなければならないから、鉄柵外に出た者はそのような結果を予見し二人並向して溝上を歩行することを避け、又は対向してすれ違う際には溝より約六八糎高い内囲いの台上に避難して溝上においてすれ違うことを避け更に鉄柵外において内囲いや溝上で叩き合ったり肩を突き合わして悪戯をすることを避けるなどして転落事故を未然に防止すべき義務(以下結果回避義務という)があるといわなければならない。従って行為者においてこの注意義務を怠り無謀にも溝上を並向して歩いたり対向してすれ違うなどしたり内囲いや溝上で叩き合ったり肩を突くかして悪戯をした結果、屋上より地上へ転落するような事故が発生した場合にはそのような行為者には充分過失が認められるといわなければならない。そして、たとい鉄柵外に出た者(以下これを甲という)があったとしても、その者が通常の判断と行動能力をもった者であれば約一一・七五米の高所である屋上鉄柵外では幾分恐怖感を感じることはあっても溝上を二人並向して歩くか対向して来る人とすれ違ったり内囲いや溝上で右のような悪戯をするなどしない限りそれ相応の注意を払い自から転落しないように行動し安全に溝上を歩行することができ、従ってその者に鉄柵外に出る縁由を作り出した者(以下これを乙という)もそう期待するのが通常であって、そのような場合乙には甲の転落を予見しこれを回避する義務はないといわなければならない。従って右のような場合もし甲の転落事故が生じたとしても、乙としてはそれは予想し難い異常な事態の許に生じた意外な結果であって、将に転落者甲自身の不注意によって招いた事故というべく、乙の故意又は過失によるものということは出来ない。

よって右基準に従って判断するに、訴外亡佐薙久美子、被告大島真佐子はともに本件事故当時高校二年生で、同訴外人は満一六才(昭和二五年一月一一日生)、同被告は満一七才(昭和二四年六月二三日生)であることは当事者間に争がないところ、右年令の者は通常人ならばほぼ成人と同程度の判断能力を有するから同被告としては校舎屋上鉄柵外に出れば当然同訴外人が同被告の後を追跡して自己の運動靴を取り返しに右鉄柵を乗り越えて疵上に出る事を予測しうるものであるが(他人より自己の物を悪戯により持ち逃げ若しくは隠ぺいされようとした者は自からこれを取り戻すべく直ちにこれを追跡し、その他人の通った道を辿ることは経験則上通常の事例に属する)、更に同訴外人と同被告とが鉄柵外においてすれ違ってから、同訴外人が転落するに至った際の模様状況を検討するに、≪証拠省略≫によると、(イ)同被告は同訴外人の靴を校舎屋上塔屋東側より二番目の窓枠(別紙図面(一)(丙))に隠して引き返したが、これを取戻すべく鉄柵外に出ていた同訴外人とは同図面(B)点付近の地点で内囲い台にいる際すれ違った、即ちその際同被告のいた位置は溝上ではなかったこと、同地点における同被告の姿勢は同地点付近の溝より約六八糎高い右内囲い台上に立ちつつ台上より更に約八二糎高い鉄柵につかまり(別紙図面(二)参照)、顔を南方に即ち鉄柵内屋上に向けていたこと、その際右靴を取戻すべく右鉄柵を越えて同被告の右側近くに至った同訴外人より右上腕部と腰部当りを各一回宛軽く冗談風に叩かれたこと、(ロ)同地点付近の鉄柵内屋上に傍立していた訴外安田博江の「落ちた」と叫ぶ声に同被告が振り向くと訴外亡佐薙久美子が校舎屋上より地上へ転落して行くのが同被告の目に映ったこと、以上の事実を認めることができる。しかし、同訴外人と同被告が鉄柵外の溝上において二人並向して歩いたり、対向して溝上ですれ違ったことを認めるに足りる証拠はなく、又右溝上以外の内囲い台上では上述した基準からは同被告の叩くか突くかなどの積極的な行為によって同訴外人が地上に転落したことが認められなければならないが、同被告にかかる積極的な行為があったことを認めるに足りる証拠は結局見当らないのである。

すると本件事故の発生が被告大島真佐子の故意又は過失に基くものということはできないから原告らの同被告に対する請求は爾余の判断をなすまでもなく理由がない。

四、つぎに本件事故が被告大島正夫、同大島須美子が同大島真佐子の監督指導を怠った為に生じたものといえるかどうか判断する。

被告大島正夫、同大島須美子が被告大島真佐子の親権者であることは当事者に争がない。

惟うに親権者の監督義務違反は親権に服す子の加害行為を前提とし、子の加害行為があった場合につきそれが監督指導を怠ったものによるのかどうかが問題とされるものであるが、本件事故が被告大島真佐子の故意又は過失による行為とは認め難いこと前項のとおりであるから、原告らの該主張はひっきょうその前提を欠くものといわなければならず原告らの被告大島正夫、同大島須美子に対する請求も理由がない。

五、つぎに本件事故につき、被告大阪府が国家賠償法第一条第一項の責任を負うかどうか判断する。

(一)  大阪府教育委員会は従来大阪府の権限に属していた教育行政を同府の一般行政職から独立して行う教育行政機関であり、同教育委員会は同委員会の権限に属する全ての事務を掌る教育長並びに五人の教育委員等で構成されるものであって(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二、第三、第一六条)、教育委員会は生徒の安全に関する事務を管理し執行する職務権限がある(同法第二三条第九号)ものである。そして、被告大阪府が枚方高等学校校長並びに教員(以下単に教職員という)の使用者であって、教職員が地方公務員であることも明らかである。

(二)  ところで、国家賠償法第一条第一項に所謂公権力の行使とは国又は地方公共団体がその権限に基き優越的な意思の発動として行う権力作用に限らず、純然たる私経済作用と公の営造物設置管理作用を除くすべての作用を包含するもので従って又生徒の公立学校利用関係もこれに含むと解すべきところ、放課後同校々舎屋上でマットを敷き体操の練習をする本件のような事例は後記のとおり高等学校における教育活動及びこれと密接不離の関係にある生活関係における生徒の公立学校利用関係であるから、これは当然同条の公権力の行使に当ると解すべきである。

(三)  つぎに、公立学校の校長ないし教員は学校教育法により生徒を親権者等の法定監督義務者に代って保護し監督する義務があり、右監督義務の範囲は性質上高等学校における教育活動及びこれと密接不離の関係にある生活関係範囲に限局されていると解すべきであるから、本件の体操の練習がたとい生徒の自発的意思により放課後に行われたとしてもこれは同校における教育活動に密接な関係を有し、右監督義務の範囲内にあると解される。しかし、その義務の内容について検討するに、凡そ高等学校の生徒は満一六才ないし満一八才に達しほぼ成人に近い判断能力を持つ迄に心身が発達している年令に属し、自己の行為の結果何らかの法的責任が生じることを認識しうる丈の知能即ち責任能力を備えていると見られ、右のような年令の者は自己の行為について自主的な判断で責任を以て行動するものと期待しうるから親権者に代って生徒を保護監督する教職員としても、右生徒の自主的な判断と行動を尊重しつつ、健全な常識ある一般成人に育成させる為の助言、協力、監護、指導をすることは当然の義務であるが、逐一生徒の行動と結果について監護する責任はなく、唯生徒が右のような通常の自主的な判断と行動をしていてもその過程で生命身体に危険の生じるような事故の発生が客観的に予測される場合に、右事故の発生を未然に防止すべく事前に注意指示を与えれば足ると解するのが相当である。

更に又大阪府教育委員会は前示のとおり生徒の安全に関する事務を管理し執行する職務権限があり、その為にはこれに関し教職員を指導助言する立場にあるが、これは右教職員の監護義務の範囲内容程度を前提とし、その限りにおいてこれを充分に怠りないように指導助言すれば足りると解すべきである。

ところで本件事故は前示のとおり生徒の屋上での自主的な体操の練習の過程からは関連のうすい休憩中の、しかも被告大島真佐子と訴外亡佐薙久美子の悪戯により校舎屋上柵外で起った事故であって、いわば異常な事態の許で生じた事故といえるから、生徒らに右体操の練習を行う為校舎屋上でマットを使用することにつき許可を与えた同校教員訴外佐野智恵子(このことは≪証拠省略≫によって認められる)としても当初から右事故の発生を予想することは極めて困難であったといわなければならない。

又、その他本件事故発生について教育長並びに大阪府教育委員会委員の過失を認めるに足りる証拠はない。

(四)  以上のとおり、地方公務員である教育長、教育委員会委員並びに枚方高等学校教職員に何ら過失を認めるに足りる証拠はないので、被告大阪府が国家賠償法第一条第一項により責任を負担する旨の原告の主張は理由がない。

六、つぎに本件事故につき、被告大阪府が国家賠償法第二条第一項の責任を負うかどうか判断する。

凡そ公の営造物の設置又は管理に瑕疵があるかどうかを判断するにあたっては営造物の通常の使用方法を前提として判断すべきものであるところ、≪証拠省略≫によれば、別紙図面(一)(二)のとおり本件校舎屋上には周囲が高さ約一・三〇米の鉄柵(直径五糎)が約二〇糎の間隔で張りめぐらされており、その外側には更に高さ約四八糎幅約五〇糎の内囲いがしてある他、内囲いの外側には幅約五二糎内囲いからの深さ約六八糎の溝があり、更にその外側には高さ約四三糎幅約二〇糎の外囲いがしてあって、いわば内囲いと外囲いの二重の危険防止の設備があることが認められ、かような設備では先ず右鉄柵を作為的に踰越しなければ鉄柵外に出ることはできないのみならず、たとい右鉄柵外に出たとしても地上より約一一・七五米の高所なので或る程度の恐怖感におそわれるけれども、二人並向して歩くか対向してすれ違うなどの無理をするか、若しくは不注意により足を踏外すかしない限り相当の注意を払って行動すれば、前認定のような溝上を歩いても先ず屋上よりの転落はありえない構造を具備しているので、結局本件屋上は通常の使用方法に従った使用さえしていれば何ら安全性に欠けるところはないものといわなければならない。

よって被告大阪府は国家賠償法第二条第一項により責任を負担すべきであるとする原告の主張も理由がない。

七、尚、原告らは被告大阪府に対し民法第七一五条所定の責任も追求するが、同条は純然たる私経済作用により生じた使用者責任を追求するものであって、前示のとおり本件のように生徒の営造物利用関係を国家賠償法第一条第一項の所謂公権力の行使の範疇に含むと解するときは、本件事故は民法第七一五条の適用の余地がないものというべきである。

八、以上のとおり、ひっきょう原告らの請求はいずれも理由なきに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条第一項本文第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 増田幸次郎 裁判官 宗哲朗 裁判官杉本昭一は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 増田幸次郎)

〈以下省略〉

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